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東京高等裁判所 昭和56年(う)847号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人村田豊、同浅見東司共同作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官古屋亀鶴作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点、第二点の1ないし3、第三点及び第四点について。

所論は、要するに、売春防止法一一条一、二項にいう「売春を行う場所を提供した者」とは、売春を行う場所として提供された施設等について経営者的立場にある者であることを必要とするとの前提に立って、原判決が掲げる証拠だけでは、原審相被告人A(以下「A」という。)が右のような立場にある者とは認定できないから、証拠理由において不備があるとともに、右の証拠だけで鈴木を右のような立場にある者と認定したのは、事実を誤認したものであり、ひいて法令の解釈適用を誤るものである、というのである。

しかし、同条は、その一項において、「情を知って、売春を行う場所を提供した者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。」と規定し、その二項において、「売春を行う場所を提供することを業とした者は、七年以下の懲役及び三十万円以下の罰金に処する。」と規定して、「売春を行う場所を提供する行為」を犯罪行為とし、その行為をした者を処罰するとともに、「売春を行う場所を提供することを業とした者」に対しては重い刑を科するものとしているだけであって、その外には、行為者について何らの限定もしていないうえに、売春を行う場所を提供する行為は、誰にでもできることで、経営者的立場にある者でなければできないというものではないのみならず、同条は、売春を行う場所を提供する行為が売春を助長することになるため、これを全面的に禁あつしようとするものであるから、その行為者を、所論のように、売春を行う場所として提供された施設等について経営者的立場にある者に限定すべき理由はどこにも存在しないのである。もっとも、先例の中には、所論と同趣旨の判示をするもの(昭和四九年七月二四日東京高等裁判所判決・判例時報七六七号一一〇頁)や、これに従ったと思われる第一審の判決例があるが、当裁判所としては、これに賛成することができない。従って、Aが、被告人方の旅館について経営者的立場にある者であったかどうかは、犯罪の成否と無関係のことであり、問題は、Aが現実に被告人方の旅館の客室を売春を行う場所として提供したといえるかということであり、かつ、それで足りるのである。

ところで、原判決の掲げる関係各証拠によると、Aは、昭和五三年九月中旬に被告人に雇われ、渉外課長という肩書を与えられて、誘客業務及びその誘致した客に対する接待業務などに従事していたものであるところ、原判決別表記載の各日の夜、被告人方旅館の宿泊客であるB、Cの求めに応じて売春をするため、同旅館の入口に来たD子ことE子、F子ことG子を旅館内に招き入れ、右Bらの客室に案内して、同女らに客室を売春の場所として使用させたことが明らかであるから、売春を行う場所を提供したことになるものといわなければならない。

以上のとおりであるから、原判決には、所論のような理由不備、事実誤認はなく、従って、また、法令違反もないものという外はない(なお、原判決も、前記先例に従って、Aが経営者的立場にあったか否かを問題にしているが、結局は、Aが売春を行う場所を提供したものと認定しているのであるから、余分なことを問題にしたというだけのことである。)。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点の4及び第四点について。

所論は、原判決が、被告人の代表者が従業員に対し、パンマを呼び入れることのないように注意を促したことが全く認められないと判示したのが事実を誤認するものである、というのである。

しかし、原判決の判示するところは、代表者自身が、直接注意を促したことが認められないという趣旨とも理解できるのであって、所論のように、事実誤認ときめつけることはできない。そして、原判決が掲げる関係各証拠によると、所論のように、被告人が、パンマが旅館に入ることを予防するため、マッサージ嬢を専属させていたこと、被告人の営業課長が、Aが入社した際、パンマを入れないように注意したことが認められ、パンマを旅館内に入れてはならないことは当然のことであるけれども、右各証拠によると、熱海地区においては、パンマを多数の旅館やホテルに派遣していたマッサージ師置屋があり、被告人方の旅館にも派遣されるおそれが十分に予測できたのであるから、右に認定したような事実があったからといって、そのことのゆえに、被告人がAの違反行為を防止するために必要な注意を尽したものとは到底いえないのである。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新関雅夫 裁判官 坂本武志 下村幸雄)

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